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「相沢、悪ぃけど後頼むな」

トワは拓磨の顔を見た後、落ち着かなさげに大和に言葉を投げ、病室を出て行く。

「トワさん」

その後ろ姿を大和は痛ましげに見つめていた。

そして、扉が閉められると病室には俺と大和だけになる。

「…お前、拓磨とはどれぐらいの付き合いだ?」

良い機会だと思い、俺は大和に質問を投げた。

それに対し、大和は平素の鋭い眼差しを取り戻すと感情のない淡々とした声で答えた。

「アンタには関係ねぇ、と言いたいとこだが…拓磨とは志郎さんを通じて知り合った。六年前だ」

今じゃ想像のつかないぐらい拓磨は人間不振で、無愛想。周りの人間全てが敵だと思っている節があった。

「根本は今でも変わらねぇが、その例外が後藤 志郎ってワケか…」

何度聞いても不愉快な話だ。胸の内でどす黒い感情が渦巻く。

「そもそも拓磨はどうしてソイツと住んでた?」

大和は少し考える仕草をし、詳しくは知らないがと前置きをして言った。

「公園でぼんやり雨に打たれてた拓磨を志郎さんが拾ったとか一度聞いたことがある」

本当か嘘か分からないが。

ベッドの側に立った大和は眠る拓磨をジッと見つめ、数十秒間そうしているとふいに顔を上げた。

「氷堂。アンタはずっとここにいるのか?」

「少なくとも今日はそのつもりだ」

目の前の大和に限らず、トワもだがどうにも年上に対する言葉がなっていない。

「なら、俺がいなくても平気だな」

てっきり拓磨の側にいると思っていた大和はそう呟き、後を俺に任せて病室を後にした事に少なからず驚いた。

同時に、これまで拓磨と友人関係を築けていたのはその距離感の取り方が上手いからだと知った。








誰もいなくなった病室。椅子から立ち上がり、眠る拓磨の側に立つと頬にソッと指を滑らせた。

「お前はそこまで後藤 志郎が好きだったのか」

問いかけても返る言葉はない。

触れていた指を拓磨の顎に添え、軽く持ち上げる。

「お前は復讐が出来て満足か」

身を屈め、囁くように声を落とす。

「違うな。…お前が本当に許せないのは自分自身だ」

本当に消したいのは自分自身。

「俺に身を売ったのも、全てを諦め、受け入れてきたのも自分を傷付ける為だ。そうだろう?」

潔く見えたのはそのせいだ。

それが顕著に表れた真山の一件を思い出し、俺は不快げに眉を寄せた。

「そんなにソイツが大切か?……忘れられねぇ程に。自分を殺す程に」

その目は始めから俺を写していなかったと言うのか。

そんなふざけた話、俺は認めねぇ。

顎に添えていた手に力が入ったのか、ピクリと眠っていた拓磨の瞼が微かに震える。

「起きろ拓磨」

その言葉に促される様にして、時間をかけて瞼が薄く開き、ぼんやりと視線が部屋の中をさ迷う。

「し…ろー…?」

誰かを探すその視線に、拓磨の口から溢れ落ちたその名に、俺の口からは低い声が出た。

「ソイツは過去の人間だ」

無理矢理拓磨の視線を自分に固定させ、強い視線で拓磨を射抜く。

「俺を見ろ、拓磨」

「――っ、…た…ける」

焦点を結んだ拓磨の瞳に俺が写った。



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